第4章 デジタル版副読本の評価
第1節 教材提示としての活用(橋本市学文路小学校)
実際の地域学習においてデジタル版副読本を提示用として活用し、その評価を行った。
1.デジタル版社会科副読本の活用形態について
コンピュータ1台を教室全面に設置、スキャンコンバーターを利用してコンピュータの画面を24インチサイズのTVへ写し出した。コンピュータの操作は担任教師およびティーチングアシスタントが行なう。担任教師は授業中に、主に黒板に板書を行なう。デジタル版副読本が必要な場面のみコンピュータを利用するのであって、授業の前面に出すという使い方ではない。子ども達は黒板の板書とTV画面を交互に見ながらの授業形態となる。

《使用したハードウェアとソウトウェア》
・Macintosh Performa630 / HD250 /8MB /CD-ROM
*ネットワーク環境がないために、ハードディスクに全てのデータを保存
ハードディスク内(デジタル版社会科副読本、和歌山情報関連のホームページデータ、キッドピクス、キッズパズル、アトラス3D、子ども達の撮影した写真データ)
・RGBスキャンコンバーター+一般の21型TV
コンピュータ本体は、日頃から教室前面に設置し、デジタル版社会科副読本を見ることができるようにしておいた。見学後は、子どもたちの調べたことや撮影した写真をコンピュータに蓄積し容易に引き出せるようにもした。学級内情報の情報端末としての利用目的も兼ねている。
2.実践場所と日時
橋本市学文路(カムロ)小学校3年生(男子22人、女子18人)
・デジタル版社会科副読本を利用した授業(1996年)
10月24日 柿畑 見学後2回目の授業
10月25日 柿畑 見学後3回目の授業
10月28日 選果場見学後1回目(直後)の授業
10月30日 選果場見学後2回目の授業
11月28日 他地域(美里町)との交流授業10月7日〜12月24日 教室内に設置したコンピュータの活用
3.これまでの地域学習
社会科副読本を中心に授業を進行、学級内では基本的に一斉授業形式であり、地域への見学後はグループでのまとめ作業を行なう場合もある。これまでの見学活動としては、生活科からの流れで、校区探検、公共施設(図書館や公民館等)の見学、クリーン活動などを行なってきた。
4.地域学習における子ども達の様子
教室内では社会科副読本を中心として、みんなで考えたり発表したりと活発な授業を展開してきた。さらに、地域へ出かけ体験活動を行なう場合には、クラス全体が活気づき積極的に校区探検を行なったり、各施設見学では様々な質問を投げかけたりしている。
しかし、見学の感想を書いたり、まとめをしたりという事後作業を嫌う傾向があり、「見学したら、それで充分わかっている」「まとめることはめんどうくさい」という意見がよく聞かれるようである。
5.今回の学習単元について
社会科副読本(のびゆく橋本市)「農家で作られるもの」と「かき作り」の単元を学習
*柿はこの地区では最も主要な農産物であり、学校の周辺地域には柿畑が広がっているために、子ども達は日常的に柿畑を見て暮らしている状況にある。学級内にも家が柿栽培の農業を営む子ども達が数人いる。この季節(11月)は、柿の収穫・出荷時期にあたり、毎年「柿畑の見学」と「選果場の見学」が定例になっている。
6.デジタル版社会科副読本の授業中の用途
・授業中の子ども達の発言や授業展開に合わせて、子ども達の所有する副読本には掲載されていないデジタル版社会科副読本に追加された内容・資料の提示を行なう。
・授業のまとめの場面等での副読本の拡大表示用途、図表等の指示としての利用
・デジタル版副読本に追加された「子ども達の撮影した写真」の表示
以上の目的を達成するために、柿畑や選果場へ事前取材に行き、写真や映像をデジタル版社会科副読本に付加した。このように、提示方法としての活用を目指すが、どの場面でどのように活用するのかは特に決めなかった。授業計画はこれまで通り作成し、特にコンピュータを利用するための計画変更等は行なわなかった。デジタル版副読本の提示は、必要であれば授業の流れの中で順次行なうものであり、全く必要としない場合も想定される。今回の提示方法としての活用は、学級内の一斉授業で、平常の授業への提示方法を考えている。
7.コンピュータ利用までの授業の展開
柿畑見学前日の授業
社会科副読本に掲載されている、農産物の出荷表を見て。橋本市では柿の栽培が盛んであることを知った。そこで、橋本市の主要農産物である柿について詳しく調べてみることになった。まず、どうして橋本市では柿の栽培が盛んであるのかについて話し合い、各自疑問点や意見を出し合った。そこで、5つの班に分かれて個人の意見を元に、班ごとで「見学に行って何を調べてくるのか」という課題を各班5項目程度決めることにした。
柿畑見学当日
柿畑には、栽培のための様々な工夫がされており、また柿の木自体にも様々な工夫がなされている。柿畑でこのような工夫を子ども達自身で発見し、どのような意味があるのかを考えさせるためには、自由な散策的な活動や調査活動を促す必要がある。そこで、各班に取材用の使い捨てカメラを2台づつ持たせて、自由に柿畑の取材をさせるこにした。これによって、一人6、7枚の写真を撮影することができる。カメラの他に、みつけたことを書き込むための「発見カード」と疑問に思ったことを書き込むための「?(はてな)カード」を持っていくことにした。
柿畑見学は1時間ほど柿畑を自由に探索、その後農家のおじさんから説明を聞き、子ども達もたくさんの疑問点を質問した。
8.コンピュータの利用場面(1)
【見学後のみんなの意見を出し合う場面での共通認識の向上】
見学後1回目の授業
見学後に、子ども達で見学時に調べたこと・疑問に思ったこと・驚いた点などを学級内で発表し合った。この授業は、学校行事等の関係で見学後8日経っており、
自分がメモしたことについて発表していった。
しかし、柿畑での行動は各班で自由に行っており、班によって見学した場所や、発見した事物が大幅に異なっている。そのために、見学時に調べたこと・疑問に思ったこと・驚いた点などをある子どもが学級全員の前で発表しても、全員の共通認識が得られない場合が多い。発表者が述べている事物に対して、その他の子ども達が分からないばかりか、教師自身もその発表者との共通認識が得られない場合もある。
今回の授業は、見学後1週間以上経っており、さらに途中に学校行事を挟んでいるために、見学した日の出来事を思い出すのに苦労していた。
見学後2回目の授業
見学してきた事象に個人的な開きがあること、そして見学後多くの日数が経っているために、前回の授業では全員が授業に参加できない場合が多かった。そこで、見学後2回目の授業からは見学時の子ども達の撮影した写真が追加されたデジタル版社会科副読本を使うことにした。
子ども達の発表に対して、逐次関連ある事項をデジタル版社会科副読本かまたは子ども達の撮影した写真から選び、提示していくことにした。
例1;「柿畑の下に敷いてあったあった青いホースは何だろう?」
「白いホースもあったけど、違いは何だろう?」 → 「白いホースじゃなくて、パイプだよ」
「ホースには小さな穴があいていたよ」 → 「どんな穴?」
「穴なんてあいていたかなあ?」「そんなホースなんかあった?」
「青いホースは憶えてるけど、白いホースなんてなかった」
ここでは、デジタル版副読本に追加された「子ども達の撮影した写真」の項目から、1班の撮影していた青いホースの写真を提示した。また、同様に白いパイプの写真も提示し、WWWブラウザを2画面開いて比較して見せた。ホースとパイプという形態が平常の写真からは分かりづらかったので、その2枚の画像データを画像加工ツールに読み込み、拡大表示してみた。すると、「青いホースはやわらかそう」「白いパイプは硬そうだね」というような理解が得られた。
また、ホースには小さい穴がたくさん開けられており、2列に並んでいたという発言もあり、実際に見ていなかった子ども達にとってはイメージが沸きにくいようであった。そこで、画像加工ツールによって青いホースの画面上に穴を2列平行に描いてみた。すると実際に穴を見ていた子ども達は「そういうふうに開いてた」と述べ、実際に見てない子ども達も「そんなふうに開いてたのかあ、でもなんのために開けてあるんだろうか」というような発言がみられた。
例2;「黒い棒が立っていたがあれは何だろう?」「どんな棒?」
この場合も、2班の子ども達が撮影していた「黒い棒」を提示して見せた。子ども達からは、「それのことかあ」「あったけど、何する物かな、水は青いホースでやるのに」というような発言があった。
例3;「柿の木って思ったよりも低いんだね」
これは、全員が柿の木をたくさん見てきたためによく分かっていることである。しかし、「なぜ低いのか?」「収穫しやすいように」「実が強風で落ちないように」という発展性を持たせるには、柿の枝が真横に伸びている写真等を提示すれば効果的であろう。そこで、デジタル版社会科副読本に追加された「枝が横に伸びている写真」を提示し、子ども達の考えに発展性を持たせた。
例4;「柿の実よりも葉っぱが多いのはどうしてだろう」
この場では、デジタル版社会科副読本に追加した写真の内、何気なしに撮影していた柿の木の写真が、柿の木の葉がたくさん繁って、柿の実が赤く実っており、当然ながら柿の実よりも葉が大量にあることが分かる写真であったために、それを提示して見せた。
それを見て、他の子どもたちには「なんだ、そういうことをいってるのか」というような発言も出ており、当たり前のことだと思っていた子どもには、意味が分からなかったようである。葉がたくさん繁った柿の木の写真を見ながら「当り前のことだと思ってたけど、でもその理由は答えられないなあ」という意見も出され、その後、図鑑や科学雑誌のようなものを読んで植物について詳しく知っている子どもが「光合成」の話や「養分」の話などを出し、他の子ども達は「難しいなあ」「でも、とにかくたくさんの葉は、柿の実がなるためには必要なんだな」というような考えに落ちついた。
子ども達の発想の豊かさは大人の思いもよらない考えを出す。そのような発想に対応するための資料提示をするには、やはり出来る限りの豊富な資料を素早く、簡単な操作で表示させる必要があることを実感させられてた1場面である。
その他のコンピュータ活用場面
例5;「接ぎ木って何?」
デジタル版社会科副読本の接ぎ木の写真を使用(追加したもの)
例6;「黄色いタンクは何に使うの」 → 「そんなのあった?大きな空き缶ならあったけど」 → 「そんなのあった?タンクはあったよ」
子ども達の撮影した写真をそれぞれ提示 → 「ほんとだね」「空き缶ってあのさびついていたやつのことかあ、ならぼくも知ってるよ」
9.画像加工ツールとWWWブラウザの併用効果
「青いホース」と「白いホーム」の写真を見比べて特徴の違いからその用途を考えてみようという場面で、WWWブラウザを2画面開いて比較することができた。しかし、子ども達の撮影した写真はアングルが悪かったり、目的とする事物に接近できていない写真が多くある。今回の子ども達が撮影した写真をコンピュータ画面上で提示した場合も、その事物が見にくい、分かりにくいという意見が多く出されていた。
その場合は、画像加工ツールが使用できれば、WWWブラウザから画面を取り出し、画像加工ツール上で表示させて、写真内からその事物だけを拡大表示したり、見せたい事物だけを切り取って表示させる、画面上に指示線や円等を描いて分かりやすくすることも可能である。
10.コンピュータの利用場面(2)
【授業のまとめにおける場面での活用】
一斉授業形式では、その単元の学習のまとめをする場合に、副読本を使って行うのが普通である。副読本の文章を読むだけではなくて地図や表などを使ってのまとめを行なう。
子ども達は全員副読本を所有し、授業中にも机上に出して活用している。
これまでの授業中には「この図を見るように」、「この図(写真)のここに注目」という指示を与える場合に、副読本だと非常に困難であった。教師が教室の前で、副読本を広げて「ここを見るように」と指示をしても、子ども達には分かりづらく、分かりづらいためにそういう指示を出すような授業場面は避けているような傾向にあったと考えられる。
デジタル版社会科副読本は、副読本の内容をすべて再現してあるために、子ども達の所有する副読本を拡大表示してTVに表示させているものとしても扱える。
デジタル版副読本に使われている写真や地図、グラフ等の画像は、そのほとんどがフル画面での表示が可能であるために、副読本内の画像を拡大表示する用途としては優れていると言えよう。
これによって、子ども達は一斉に画面に集中でき、教師の指示する事象を見過ごすことがない。また、TV画面上を指し示すことで、注目箇所が分かりやすいく、全員が授業の流れに容易について行けたのである。
11.コンピュータの利用場面(3)
選果場見学での利用【映像中心の提示】
動きがあるものをうまく説明できない子どもが多かったために、映像資料が役だった場面である。
欠席していた女の子には、みんなの発表を聞いたり、見学の感想やまとめを書いたもののスケッチを見ても、それが一体どのような働きをするものかがわからなかった。子ども達は、その子に分からせようと様々な言葉の表現やジェスチャーを利用して説明したが、確かなイメージを持つには至らなかった。
そこで、デジタル版副読本の選果場のページからベルトコンベアーの様子や、選果の様子、箱の組み立て、ロボットアームによる箱の積み上げなど、動きを表現することによって全員が鮮明なイメージを持つことができた。実際に見学していなかった子どもがリアルな現場の雰囲気を知ることはできなくても、映像を利用することで、その機械の働きやどのような動作をするのかは十分に理解できたといえる。
この場面では、他人の言葉や身振りでは表現できず、写真など用いても静止している画面ではイメージが捉えにくかったものを映像によって提示することで、他の表現よりも認識が深まり、実際に見学した子ども達との共通認識により近づいたと言える。
動く映像とその場の音で、臨場感ある表現ができたことが子どもに大きく影響した例といえよう。
また、実際に見学した子ども達にとっても、選果場では一斉に見学しており、ほとんど一列になっての流れ見学であるために、納得いくまで見ていない。スケッチしているような時間は選果場ではほとんどない。子ども達はデジタル版社会科副読本の映像を見て、思い出したかのように自分達のまとめに描いたスケッチに修正を加えたり、新たに描いたりもしていた。映像は、すぐに再生・停止、他の映像への切り替えができ、子ども達の要求に即座に応えることができた。コンピュータに取り込まれた映像は、ビデオにように映像の頭出しや巻き戻しが必要なく、要求された映像を流すためにテープを入れ替える必要もないために、ビデオよりもはるかに柔軟に扱うことができた。
また、デジタル版副読本内の映像は、再生だけの用途ではなくて、「操作バー」を映像下部に出しておくことで「一時停止」ができ、再生の途中で止めて、映像の1シーンを静止画像としても使うことが出来るようになる。
これによって、静止画像を得ることのほかに、意図的に停止して、「この先はどうなるんだろうか」という呼びかけを行うことにも利用出来たのである。
以上のようなことから、動く映像はその「動き」によって、言葉や写真では伝わらない臨場感溢れる表現ができるために、子ども達への教育効果は非常に高いことが立証できたといえるだろう。
11.デジタル版社会科副読本の操作性
選果場の見学後2回目の授業においては、担任教師一人でコンピュータを扱うことにした。デジタル版社会科副読本と子ども達の撮影した写真は、同じホームページ上にあるために授業中に使用するのはWWWブラウザのみである。
このために、WWWブラウザの操作方法のみを習得すれば、コンピュータを提示装置としてすぐに活用することができるのである。
全くコンピュータの操作を行ったことのない教師が、数分の操作説明で授業中にコンピュータを活用できるのも、WWWブラウザの操作体系が簡単であることと、マウスのクリックのみで直観的にデジタル版副読本が全て扱えることがこれに大きく寄与している。
また、教室に一台だけ設置したコンピュータにより、WWWブラウザ自体の操作方法、デジタル版副読本の操作方法の両方を、日常的に休憩時間使用している子ども達が理解しており、担任教師によるはじめてのコンピュータ利用で、教師が操作ミスをしたりどうすればその資料にたどり着くのかが分からなくなったときに、一部の子ども達が教師に助言するような場面も見られた。また、その後には、「こうするんだよ」と得意な子どもが教室の前に出てデジタル版社会科副読本を操作して情報を提示するような場面も見られるようになった。教室に日常的に設置してあるたった1台のコンピューで、子ども達は見様見真似で操作法を憶え、授業中にも使えるようになっていたわけである。
コンピュータを設置して初期のころは、みんなが「ゲーム」や「お絵描き」に熱中していたが、家庭にコンピュータやTVゲームを所有している子ども達にとっては、「学校にある」ということが珍しいだけで、そのもの自体は珍しいわけではないようであった。このような子ども達は、コンピュータ内に入力されている情報つまりデジタル版社会科副読本や和歌山情報のようなものを真っ先に見ていた。これによって、自然にwwwブラウザの操作方法を理解していたのである。
このように、デジタル版社会科副読本の操作は小学校3年生の子ども達、コンピュータに触れたことがなかった教師でも容易に扱える教材であることが証明できたと言えよう。
12.追加された資料の有用性
デジタル版社会科副読本の使用は、子ども達の見落としている点、撮影できていなかった写真の補助的な役割であり、子ども達の実際に撮影した写真の方が利用価値は高かったと言える。しかし、デジタル版社会科副読本には、学習目的に合致した写真が多数収められており重要な場面で多く利用された。
とくに、映像に関する興味は大変なもので、何度も見たがったり、「そこで止めて」「もっとスローで再生できないの」などの意見が飛び出した。映像の持つ臨場感は、経験や物の見方が乏しい子ども達にその場、その物が持つ雰囲気を確実に伝達することができ、子ども達は容易にそれを受け入れることができるという意味で、子ども達の学習に与える意味は大きいということが証明できたといえよう。
いずれにしても、子ども達は社会科副読本を日常的に使っており、今回の授業でも導入段階から社会科副読本を机に広げての授業であったので、デジタル版社会科副読本の基本部分である社会科副読本の内容部分にはそれほど興味を示さなかった。授業のまとめなどに、デジタル版社会科副読本を提示しても社会科副読本と同じ写真やグラフ・地図の場合は、「先生が、教科書のこの部分を見るようにと言ってるんだな」というような確認のためにしか見ていなかったようである。やはり、デジタル版社会科副読本のために新たに追加された写真や映像に興味を示し、「とにかく全部みてみたい」というような様子が子ども達に見られた。
13.デジタル版社会科副読本の総評
各自柿畑で異なる事象を見ているし、また同じものを見ていてもその物の捉え方が違うために、言葉で表現しても共通認識が得られない場合が多かった。
一人の子どもの疑問が全員のものとなり、みんなでその疑問の解決を試みることができた。これは、一斉授業形態では重要な点であろう。
みんなで、一つのことを考えてみることへの共通認識の深まり、そのイメージを鮮明にする働き、本当にそうなのかというような確認、このような役割の大部分をたった一枚の画像・数秒の映像が果たすことができたと言えよう。
このような結果として、「社会の授業が好きになってきた・・・」という意見が多く出されるようになってきたのは最も期待すべき成果の1つであろう。