2006年07月11日

ひっかかっていること

 いよいよ、あと1ヶ月の滞在を残すのみとなった。時の経つのは速いものである。
 今回の滞在の前半で、佐藤郁哉著「フィールドワークの技法」を読んだ。4ヶ月の滞在そのものが英国を理解するためのフィールドワークであり、大学での講義参加、学校訪問、授業参観が、英国の教育、教員養成を理解するためのフィールドワークだと考えたからである。だから、講義や授業参観については、できるだけ詳細な現場メモを残そうと努力し、フィールド日記、フィールドノーツもどきとしてblogに書くことを試みてきた。振り返ってみると、まだまだ踏み込み方が足りないようだが、今となってはもう遅い。それでも、この数ヶ月の間に、学校訪問、授業参観に加え、書籍、インターネット上の資料の収集等を行えたことは私にとって貴重な体験だった。
 初期の頃は、学校訪問の度に、充実した情報環境と活用の日常化に圧倒されるばかりだったが、次第に細かいところに目が向くようになる。例えば、教室のホワイトボードをインタラクティブホワイトボードに置き換えていることである。日本でこれをやっているのは、立命館小学校ぐらいだろうか?こういうことから、日本の授業における黒板の役割について、改めて考えざるを得なくなった。日本では、情報提示、思考の支援、学習の記録、特に1時間の授業の内容を整理して振り返ることができるようにするという記録の機能が重視されているように思う。集団思考で問題解決を図っていく授業では、問題、いろいろな考え方、まとめといったプロセスを記録する黒板は欠かせない。しかも、画面の切り替えではなく、一覧できる状況で示されていることに意味がありそうだ。IWBの導入が提示機能の拡張を目的とするならば、黒板との置き換えは難しいということになる。数々の視聴覚機器が導入されたが、まともに使われたのはテレビだけ?という状況の日本では、提示機能の良さを強調しつつ、黒板との併用を実現する必要がある。仮に提示機能だけが普及し定着してしまうと、日本の特徴ある授業がますます衰退する可能性もあるだろう。まあ、それでも良いのかもしれないが・・・。
 授業参観を通して気づいたのは、英国におけるナショナルストラテジーの影響である。日本では、『教科書通り』という言い方があるが、英国では、『ナショナルストラテジー通り』と言えそうな授業がある。授業後にナショナルストラテジーを調べると、そこに掲載されいる教材、ワークシート等が見つかるケースが多いのである。
 日本の学習指導要領とナショナルカリキュラムの比較においては、授業時数の規定や検定教科書があることによって、日本の方がしばりが強いと指摘されることが多いが、このような授業を見ると、果たしてそうだろうか、という疑問に突き当たる。
 教室内の学習環境、特に掲示物、教材の準備に関しても違いは大きい。これも実は『ナショナルストラテジー通り』の影響かもしれない。学部の講義の中でも、掲示物作成が課題となっている。また、最近では、市販の掲示用教材も多数あると聞く。2000年の時には学校を一巡しても、教室間の掲示がまったく同じということはなかたように思うが、2003年当時には、同じ学年の異なる教室には同じ掲示があることに気がついた。学年でカリキュラムが同時進行されるようになったのである。一方で、個別、グループ別に教材を準備することに関しては、徹底している。一斉指導が1時間続く授業は見たことがない。
 さらに、教育実習生の授業を観察すると、『ナショナルストラテジー通り』の授業を求められ、そこには、選択とアレンジはあっても創造がないのではないか、教材と活動を組み合わせたパターン化した授業が求められているのではないか、と思うことがあった。
 学部の講義では、教員養成のナショナルカリキュラムに基づき、ナショナルカリキュラム、ナショナルストラテジーの指導が徹底されている。この背景には、OFSTEDによる教員養成機関の査察があることも当然影響している。
 Excellence & Enjoymentでも、授業の準備の効率化、Good Practiceの採用が求められている。これは、結果的に授業の画一化、共通化につながっているように思うが考えすぎだろうか。
 英国では、学習者一人ひとりの評価に関する仕事量が圧倒的に多い。これは、教育実習においても指導計画、指導案等のファイルの他に、子どもたちの評価に関する膨大なファイルを作成しなければならないことからも明らかである。これらを元に一人ひとりに合った教材を準備することが行われている。また、仕事の大変さにより、数年で辞めていく教師が多いこと、教師のなり手がいないという社会背景もある。
 これは、まったくの憶測であるが、教師の仕事を減らすためには、評価の部分では難しく、授業計画、教材提供の面で国がサポートして仕事の軽減を図っている、という見方はどうだろうか。DfESを初め、QCA等のWeb上に膨大な授業に関連するリソース(指導計画から教材まで)が用意され、集約されている。特にストラテジー関連の資料は、とてもすべてを把握できないくらい膨大である。しかも1冊の分量が半端ではない。これらは、教科書の教師用指導書の内容を上回っているように思う。情報環境の整った教室でのデジタルリソースの活用は、教材の準備を含め教師の負担の軽減に役立ち、一定のレベルの授業を保証すると考えているように思われる(この発想は日本ではあり得ない?)。
 一方で、授業のマニュアル化が英国でも課題と考えられていることは、授業における、InteractivityとCreativetyの問題が、リテラシー(学力)向上の問題と併せて、常に議論されていることからもわかる。IWBの三段階や、ICT活用の形態に関する研究においても、これらは重要なキーワードであり、授業改善のカギとなっていることが推測できる。
 振り返って、日本の教育はどうであろう。ICT活用に関しては、困難を乗り越えて積極的に活用している先生方の授業の質は高いだろう。しかし一方で、黒板を情報共有の道具として活用し、集団思考(練り上げ)によって、すべての子どもの学力を向上させられる教師がどのくらいいるだろうか。子ども一人ひとりの学習状況の把握と、個に応じた指導は適切に行われているだろうか。教科書の内容を説明し、教材会社の教材やテストを行うだけの授業も多いのではないだろうか。
 『教科書通り』と『ナショナルストラテジー通り』の善し悪しを比較することは、不毛な考察であるとは思う。しかし、good practiceに基づき国が提示している『ナショナルストラテジー』にしたがって、豊富な教材の中かから選ぶだけで行う授業は、指導力のpoorな教師の授業レベルを一定レベルに引き上げることに寄与しているのかもしれない。
 教員養成においては、ナショナルカリキュラムに基づいた教員養成カリキュラムと、圧倒的に長い教育実習期間、そして、QTSに基づいたパフォーマンス評価、というシステムをもちながら、『ナショナルストラテジー通り』の授業に終始してしまうのではもったいない。しかし、これも一部の学生の発言によれば、現場教師よりも、意欲のある教育実習生の方が、チャレンジングな授業を行うケースも多く、校長の話しでも、実習生の受け入れは学校にとって刺激になるという発言もあった。
 ある意味4週間で、少なくとも教科書通り?の授業が展開できるようになる日本の学生は優秀であるとも言えるわけで、日本の教員養成システムは少し改善するだけでもかなり成果が得られるのではないかと考えている。
 日本では、教育実習の段階から当たり前のように授業研究が行われている。これは教師集団の中で力量を高めていく(明確な基準はなく、集団の共通意識による暗黙の基準が評価のベースになっている?)というアプローチであり、基準をもとに他者の評価を得ながら自らの力量を高めていく英国のスタイルとはまったく異なっている。教育の場において、個人差があることをわかっていながら、個別に対応することなく、集団の中で個を高めていくという考え方は、おそらく英国では理解されないだろう。

 Excellence & Enjoymentが、今後どれだけ浸透し、クロスカリキュラム、総合学習につながっていくのか。新しいQTSは教員養成へどのような影響をあたえるのか。OFSTEDの自己評価チェックシステム、7歳児のSATに教師の日常評価を加味するなどのシステムの改善、スコットランドやウェールズがイングランドの教育システムから離脱していく流れ、などが教育全体のシステムにどう影響するのか。
 今後も英国の教育の動向からは目が離せない?

 さてさて、明日からはカンタベリーでITTE(The Association for Information Technology in Teacher Education、http://www.itte.org.uk/)のConferenceに参加する。なんとかプレゼンは作成したが、授業の写真で日英のICT活用、教員養成の違いを理解してもらおうというアプローチ。まあ、わけのわからない英語で説明するよりもいいか。最後はAvrilさんがなんとかしてくれるだろう。

Posted by nonaka at 2006年07月11日 03:12
Comments

木原先生
 英国滞在中は、先生から励ましのコメントや貴重な情報をいただき、本当に感謝しております。今後ともよろしくお願いいたします。

Posted by: のなか at 2006年07月14日 20:43

先日のテレビ会議で少しお話しましたが、先生が日本に帰国されてから、ゼミで食事会を開催したいなと思っております。
みんなの教採の都合もあり、今のところ比較的みんなが集まれるのが、
8月25・26・28日です。先生が帰国されて2週間くらいは時間があるとおっしゃられていましたが、この日は都合つきますか?
もし都合がつかない場合は、再度検討しますのでまた連絡ください。

Posted by: もりかわ at 2006年07月12日 23:35

この記事,大変勉強になりました。最近,日本で,木村浩著『イギリスの教育課程改革』(東信堂,2006年6月)が出版されました。ご存知でしょうか。改革の歴史が整理されています。ご参考まで。

Posted by: 木原@大阪市立大学 at 2006年07月11日 23:13
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